これだけいけてるチャートに画像および文章の無断転用を固く禁ずるとある点とこれがtumblrでこれだけリブログされている(現在222)は重要な話だが、良い絵だ。色としては本当に混ざるとあの色になるのかなこれ
おとうさんがびょうきでなくなってから三年、ぼくは小学一年生になりました。
おとうさんにほうこくがあります。きっとみてくれているとおもうけど、ぼくはおとうさんのおべんとうばこをかりました。
ぼくは、きのうのことをおもいだすたびにむねがドキドキします。
ぼくのおべんとうばことはしがあたって、すてきなおとがきこえました。きのうのおべんとうは、とくべつでした。まだ十じだというのに、おべんとうのことばかりかんがえてしまいました。
なぜきのうのおべんとうがとくべつかというと、それはおとうさんのおべんとうばこをはじめてつかったからです。おとうさんがいなくなって、ぼくはとてもさみしくてかなしかったです。
おとうさんのおしごとは、てんぷらやさんでした。おとうさんのあげたてんぷらはせかい一おいしかったです。ぼくがたべにいくと、いつもこっそり、ぼくだけにぼくの大すきなエビのてんぷらをたくさんあげてくれました。そんなとき、ぼくはなんだかぼくだけがとくべつなきがしてとてもうれしかったです。あれからたくさんたべて空手もがんばっているのでいままでつかっていたおべんとうばこではたりなくなってきました。
「大きいおべんとうにしてほしい」
とぼくがいうと、おかあさんがとだなのおくからおとうさんがいつもしごとのときにもっていっていたおべんとうばこを出してきてくれました。
「ちょっとゆうくんには、大きすぎるけどたべれるかな」
といいました。でもぼくはおとうさんのおべんとうばこをつかわせてもらうことになったのです。
そしてあさからまちにまったおべんとうのじかん。ぼくはぜんぶたべることができました。たべたらなんだかおとうさんみたいに、つよくてやさしい人になれたきがして、おとうさんにあいたくなりました。いまおもいだしてもドキドキするくらいうれしくておいしいとくべつなおべんとうでした。
もし、かみさまにおねがいができるなら、もういちどおとうさんと、おかあさんと、ぼくといもうととみんなでくらしたいです。でもおとうさんは、いつも空の上からぼくたちをみまもってくれています。
おとうさんがいなくて、さみしいけれど、ぼくがかぞくの中で一人の男の子だから、おとうさんのかわりに、おかあさんといもうとをまもっていきます。おとうさんのおべんとうばこでしっかりごはんをたべて、もっともっとつよくて、やさしい男の子になります。
おとうさん、おべんとうばこをかしてくれてありがとうございます。
■専門バカになるな、オタクになれ」
自分の世界に引きこもるような「オタク」ではなく、そのさらに先に存在するオタク気質な人たちになってほしい
■ファンがパトロンになる「パトロンモデル」
■デジタルネイティブな世代、生まれた時から携帯電話があり、インターネットが存在している世界に生まれた世代であればあるほど、皮肉なことに情報リテラシーに意識も低く、インターネットをツールとしてまともに使いこなせていない
■入試の時にパソコン持ち込み可・インターネット可であれば大学の教授はどういう問題を作るのか?
■「10人中9人に嫌われてもいいから残りの1人に興味を持ってもらう」
■どんなによい記事を書いていても、全員が賞賛することなどあり得ない
■ポジティブなコメントを残す人は、あらゆることについて大抵ポジティブな反応をしており、ネガティブなコメントを残す人はあらゆることについてネガティブな反応をしている、という事実があります。
■真に問題となるのは、普段はポジティブな評価を下す人がネガティブな評価を下した場合、さらに普段ネガティブな評価を下す人がポジティブな評価を下した場合です。
■「政治なんて自分たちには関係ない」と考える人が増えれば増えるほど、政治家に有利になる仕組みになっています。
なぜなら、大多数の国民の指示を得なくても特定の集団の指示を得ていれば、政治家はそれだけで選挙に勝ってしまうためです。
■現在、この世界を動かしている、つまり法律を作る立場にいるような人たちは「インターネットがなくても何も困らない」人たちなのです。
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kagurazakaundergroundresistance:
waku:
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ko306.jpg(via border-collapse)
2009-12-29私もこの写真は好きでまたreblogしてしまいます。おそらく